どなるど☆の部屋 ~「2015年」脱サラ・起業への道~

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【我が家のわんこ達 どなるど☆一家・063】毘沙門天☆ ~2020年(令和2年)元旦に逝く(5)~

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◆我が家では(かつて)「3匹」ミニチュア・ダックスフンドを飼っていました。「飲み食い」blogにて時たま写真を掲載してきましたが、これまで“主役の座”に躍り出た事がなかったように思われます。ここで改めて【我が家のわんこ達】を紹介させて頂きたいと思います。

 

 

 さて、我が家の父犬【どなるど☆】が2015年の年初(1月上旬)より、肝臓癌の為に“闘病・療養生活”を送っておりましたが、(2015年)2月24日(火)の(たぶん)夕刻に敢え無く息を引き取ってしまいました。『享年9歳11ヵ月』「10歳」の誕生日を迎えるまで残り僅か「1ヵ月」の時でした。(本来の寿命は「15~20年」です。)

 

 ちなみに小生(・ら)は2015年8月6日(木)に父犬【どなるど☆】と過ごした高円寺(東京都杉並区)のマンションから、残る「2匹」のわんこ(犬)である母犬【北京(ぺきん)☆】及び長男犬毘沙門天☆びちゃもん】を連れて、こちら高坂(埼玉県東松山市に引越し、新居に入居済です。

 

 

 そこで今回紹介するのは、またも我が家の長男犬毘沙門天☆びちゃもん】である。言わずと知れた我が家の父犬【どなるど☆】母犬【北京☆】との間に産まれた“れっきとした”長男犬である。その名前の由来は。。。『我の名は【毘沙門天☆】でごじゃるぞ!!』との如く、高円寺のわんこ・らを牛耳(ぎゅうじ)るべくして命名したのであるが、それは無理であったようである。ちなみに下記↓添付写真は、クリスマスイブであった昨年(2019年)12月24日(火)の昼過ぎ(14時頃)に、我が家の庭で撮影した(まだまだ)元気そうな様子の“独眼竜”毘沙門天☆】である。  

 

 

 

 ■2008年9月8日生(当時11歳3ヵ月)

 ■ブラックタン(♂)

 

 

★さて、昨年(2019年)末の12月30日(月)の朝7時頃、毘沙門天☆】が突如として「起立不能の状態に陥っていたのである。そこで暫しの様子見を決め込んだのであるが、敢え無くも朝9時頃に今度は「嘔吐」も始まってしまった為、(近所のかかりつけの動物病院ではなく)東所沢にある【日本小動物医療センター】の担当医に電話連絡を入れたのである。すると、すぐに連れてきて欲しいとの事だったので、慌てて毘沙門天☆】をキャリーバックに入れて東所沢へと向かったのである。

 

★担当医の所見では抗がん剤副作用とも思われ、当日が投与から「3日目」であった為に翌日には治る可能性があるかもしれないが、念の為に血液検査を行う運びとなった。結果、「炎症」値が高めであるが抗がん剤治療中には現れる症状である為、追って薬(錠剤)の服用で抑えていくほかないとの事であった。その後の対応であるが、実は飼い主は年末年始(12/31~1/1)に新潟の実家に帰省する為に安全(安心)をとって毘沙門天☆】をそのまま入院させる事に決め、翌年(2020年)の1月2日(木)に迎えに行く手はずとしたのである。実はこの時の決断が、結果的には“功を奏した”との可能性も無きにしも非ず(?)とも思われるのであるが、その答えは永遠にわからない。。。

 

★ちなみに下記↓添付写真は、昨年(2019年)12月30日(月)の12時15分頃に【日本小動物医療センター】の待合室で撮影したキャリーバックに収納されている毘沙門天☆】であるが、皮肉にも“これ”“生前最後”となる毘沙門天☆】の写真となってしまったのである。。。(涙)

 

 

 

★飼い主が自宅へ戻ると18時半頃に病院から電話連絡があり、毘沙門天☆】の退院までにペット用の「酸素ルーム」(※レンタル可)を手配しておくようにとのことであった。結果、毘沙門天☆】を入院させたその日のうちに呼吸困難に陥ってしまったらしいのである。“たられば”であるが、仮にこの日に入院させずに我が家に連れ帰っていたら“大変な事態”へと発展していた可能性があったと言うことであろうか。。。(汗)

 

★そして飼い主は大晦日であった(2019年)12月31日(火)の朝より、母犬【北京☆ぺきん】を連れて新潟にある実家に帰省。その日は何事も無く、翌日の元旦となった2020年(令和2年)1月1日(水)は(毎年恒例であるが)朝8時頃から実家にておせち料理をつまみに酒を飲み始めていたのである。その時、朝10時を過ぎたら「酸素ルーム」の手配をしようと考えていた矢先、その朝10時丁度に動物病院より電話連絡があり、毘沙門天☆】危篤状態に陥ったとのこと。よって、「酸素ルーム」の手配は不要となったのである。

 

★その後に待つこと約2時間、(2020年1月1日)午前11時50分に再び動物病院から電話連絡があり毘沙門天☆】心肺停止状態になったとのとても悲しい知らせであった。「蘇生処置も試みたが、息を吹き返すことはなかった。最後は苦しむ様子も無く、とても安らかに息を引き取った。」との事であった。

 

 毘沙門天☆びちゃもん】(享年11歳3ヵ月)、最後まで良く頑張った!!

 

 

☆そして飼い主は悲しみに暮れながらもその日(1月1日)の夕方には新潟から真っ直ぐに東所沢の病院へと向かい、毘沙門天☆】の亡骸を我が家に連れて帰ったのである。下記↓添付写真は我が家に連れ帰った後の毘沙門天☆】であるが、まるで日頃の様に気持ち良さそうに“スヤスヤ”と寝入っているみたいな様子である。  

 

 

 

☆それにしても昨年(2019年)は、毘沙門天☆】にとっても飼い主にとっても心休まる時間が皆無の状況で本当に大変な1年間となってしまった。年初から丸1年間、飼い主は毘沙門天☆】の治療の為にとてつもない労力費用を掛けた訳であるが、その甲斐も無くとても残念な結果に終わってしまったのである。毎週のように近所のかかりつけの動物病院或いは東所沢にある高度医療動物病院へと毘沙門天☆】を連れて通い詰め、その費用はペット保険が適用されたと言えども2百数十万円も要してしまった。

 

☆しかし全く持って“たられば”ではあるけれど、昨年(2019年)8月から開始した抗がん剤治療(計3回)や、同じく11月から開始した放射線治療(計3回)は止めておくべきであったか(?)と思われてならないのである。さすれば副作用には見舞われず、嫌な薬も飲まずに済んだ毘沙門天☆】は少しばかりは楽ができたのではないのかな(?)と日々自問自答を繰り返し、何とも悔やまれてならないのである。。。(続く)